[岩男潤子の子供たち] [95年の子供たち(ビジュアル版)] 岩男潤子の子供たち
[95年の子供たち(テキスト版)]

はじめまして

<ポニーキャニオン PCCG‐00335 95・4・5 ¥2,913>
はじめまして(表) はじめまして(裏)
感性で語りかけるチャーミングな歌声。
アルバム聴いたら誰だって、きっと彼女にしたくなる。
僕はこのアルバムを高く評価しない。人間、岩男潤子ではなく、商品「岩男潤子」をつくろうとするスタッフの姿勢が見えるからだ。

歌詞カードの潤子さんの写真も、初アルバムだという緊張なのかもしれないが、目に不安と迷いが浮かんでいるように僕には見えてしかたがない。
価格は税抜きです。
CDジャケット写真は(株)ポニーキャニオン殿の掲載許可が保留の状態ですが、自費で購入した商品紹介の情報提供として必要と判断し独断で掲載しています。転載・複製等は固くお断りします。

01:はじめまして 02:泣かないWeekend 03:食卓にルールを 04:ぶらんこ降りたら 05:恋がひとつ消えてしまったの
06:June brideになれなくて 07:朝のキスを 08:シャッターチャンスの連続 09:2年あとのプロポーズ 10:坂道



01

はじめまして 詩:Sora 曲:広谷順子 編:広谷順子 歌:岩男潤子
スペアナ:はじめまして
アカペラ風の歌。
詩の内容からすると、歌手の方って曲だけ渡されて詩はあとから知らされるのだろうか。まぁ、作詞家と作曲家が別々の場合はどうしてもそうなるのかな。

でも、それってどこかおかしくない?歌って、詩と曲が一体になったものでしょ?

それにしても。2?歳の女性をまるでティーンエイジャーのようなイメージで売り込もうとするってのはねぇ…


02

泣かないWeekend 詩:Sora 曲:山本はるきち 編:山本はるきち 歌:岩男潤子
スペアナ:泣かないWeekend
作詞のSora氏が他にどのような歌をつくられているか存じ上げないのだが、失礼ながらあまり感心しない。

聞き流すぶんには十分だが、歌詞の中の世界に惹き付けられるほどの力がない。潤子さんも納得して歌っているとはとても思えないのだが、真相はいかに?

曲自体は結構好感がもてるのに、残念である。


03

食卓にルールを 詩:Sora 曲:川井憲次 編:川井憲次 歌:岩男潤子
スペアナ:食卓にルールを
潤子さんが楽しそうに歌っている曲。食卓のルールを無視する相手は猫である。曲も川井「パトレイバー」憲次氏で楽しめるのだが。

イントロとか間奏の猫をイメージした(のであろう)変なお手軽な効果音もどきがなければ、もっとよかったのだが。

無理にかわいいなんてイメージをおしつけなくても、いいのになぁ。それとも声優のCDを買う人間は、こういうあざといのが好みだというマーケティングでもあるのだろうか。


04

ぶらんこ降りたら 詩:Sora 曲:山本はるきち 編:山本はるきち 歌:岩男潤子
スペアナ:ぶらんこ降りたら
このアルバム全曲にいえることだが、どうして高いキーばかりで歌っているのだろう。

低い声が混じると、アイドルらしくないから、あるいは受けが悪いからとかいう理由なのだろうか。

自然に歌う声がいちばんきれいだと思うのだが。


05

恋がひとつ消えてしまったの 詩:乱馬的歌劇団文芸部(Sora) 曲:山本はるきち 編:山本はるきち 歌:岩男潤子
スペアナ:恋がひとつ消えてしまったの
潤子さんにもこんな頃があったのだな、と現時点では感じてしまう。歌詞に?マークがついている個所があるのだが、歌からはそれが感じられず、歌詞を見るまえに歌をきいて意味がよくわからず首をひねった覚えがある。

登場人物は5人。バス停で恋文を抱きながら、その想いがかなわず駅へむかって歩き出す少女。少女の想い人である彼と、彼に肩を抱かれている綺麗な女性。そして、主人公の女性、彼女も2年前にバス停の少女のように失恋しているというシチュエーションだ。でも、主人公の女性にはいま、やさしい彼がいる。彼女にできるのは、少女の次の恋がかなうようにと、いのること…
内容盛りだくさんでけっこう、むずかしい歌詞である。


06

June brideになれなくて 詩:Sora 曲:川井憲次 編:川井憲次 歌:岩男潤子
スペアナ:June brideになれなくて
さすが、川井憲次氏、曲はいい。

歌詞もまぁ、わかりやすいのだが。2*歳の女性に20歳前の少女のイメージで歌わせること自体に強い疑問を感じてしまう。

潤子さんが演じているキャラクターのイメージソングならわかるが、これは岩男潤子の初アルバムである。彼女らしさが見えないとはそういう意味だ。


07

朝のキスを 詩:Sora 曲:山本はるきち 編:山本はるきち 歌:岩男潤子
スペアナ:朝のキスを
アイドル(これもよくわからない言葉だが)の歌と割り切ればそれなりに楽しめなくもないのだろうが、やはりアルバムである以上コンセプトがあってそれに則って選曲するべきだろう。

そのコンセプトづくりに岩男潤子が参加していたのか?僕にはとてもそうは思えない。出来あいのものをただ歌うことを要求されたのではないか?
2ndアルバム「Entrance」の出来を考えると、どうしてもそう思わざるを得ない。


08

シャッターチャンスの連続 詩:Sora 曲:山本はるきち 編:山本はるきち 歌:岩男潤子
スペアナ:シャッターチャンスの連続
媚び、媚び、媚び。
岩男潤子はこんなにかわいいんですよ、さぁ、みんなCD買ってね、という制作サイドの声が聞こえてくるようだ。

何度も書くが、アルバムである以上、それぞれの歌にはコンセプトを体現する意味がなければならない。
まぁ、コンセプトが売り込みと納得するしかないのか。でも、それだと潤子さんがかわいそうだ。外観は二の次、その人がどういう感じ方、考え方をする人なのかを歌を通じて知りたいと思う僕が異端なのだろう。


09

2年あとのプロポーズ 詩:Sora 曲:来生たかお 編:舟山基紀 歌:岩男潤子
スペアナ:2年あとのプロポーズ
このへんまでくると、個人的には聞くのが苦痛になってくる。プロモートはもういいから、潤子さんの顔を見せてくれ、と。

仕事だから歌いもするだろうが、
潤子さんの目は遠くばかり見ているぢゃないか。
身も世もないように燃えているぢゃないか。(中略)
これは、もう潤子さんぢゃないぢゃないか。

でも、駝鳥と違って潤子さんはぼろぼろにはならなかった。(元ネタ、高村光太郎「ぼろぼろな駝鳥」)


10

坂道 詩:Sora 曲:羽田健太郎 編:羽田健太郎 歌:岩男潤子
スペアナ:坂道
ピアノのみのシンプルな曲だが、潤子さんのボーカルをじっくりと味わえるのがうれしい。

現在の潤子さんへの萌芽が感じられる。歌への想いがいちばんききとりやすい曲ではないだろうか。
ピアノも名手、羽田健太郎氏で実に味わい深い。

ポピュラーは曲と歌は別録りが一般的だが、ひょっとして同時録音でいろいろと指導を受けられたのかも。

 つくづく、このアルバムを発売当時に買っていなくてよかったと思う。

 各曲のコメントで見ていただいたとおり、潤子さんの歌そのものより、制作サイドへの不満が多いのだが、でも、歌自身もこのアルバムでは、僕をとりこにするほどの力はまだない。

 残念ながら、「耳を通り越して心に飛び込んでくる」レベルになっていない。
 95年の4月は、まだ潤子さんと出会うべきときではなく、さらに1年という時間が必要だったのだろう。…お互いに。

[岩男潤子の子供たち] [95年の子供たち(ビジュアル版)] :29502
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