また、高さの低いホーンが長めの場合、空気バネが強くなって更に余計な負荷が発生するだろうし、気柱共鳴も心配だ。ここが127mmの時のデメリットは、ホーンの拡がりが長岡式計算から外れてしまうことと、中高域の漏れが多くなることが挙げられるが、前者は幅一定の直管が連続するBHそのものが計算に乗りにくい方式であるし、後者は開口部にフェルトなどを敷けば低減できる。ともあれ、この板の長さの変更がD-58ESに3m・100Hzでのディップを生じさせたのでは? そう予想して、各BHの製作記事を読み返してみて、驚いた。何とD-58の製作記事でこの板は設計図の280mmではなく、ESと同じ330mmが使われていたのである! |
D-57製作記事より |
D-58製作記事より |
D-58ES製作記事より |
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これは記事中ではまったく触れられておらず、正確な寸法図と掲載写真を見比べて初めて気づいた事実だ。というか、長岡先生は『音道の断面はD-57と同じで、幅が広いだけ』と書かれているし、FOSTEX頒布の板材で造った自分のD-58もこの板の長さは280mmだ。工作担当者のミスだろうか(*)。何にせよ、自分の予想は脆くも崩れ去ってしまったが、この板の長さでF特に目立った違いが生じないとしても、音は違うはずだ。自分の印象では、最初の180度折り曲げ部が狭いと、音にやや緊張感が生じるように思う。
現用のD-58の音が気に入っているので、この板は280mmとする。18mm厚シナアピトン版は、最初の音道の長さが9mm縮んでいるから、折り曲げ部は118mmになる。127mmだと少し大き過ぎる気もするので、118mmは丁度よい案配に感じる。
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*自分が持っているD-58初出誌「こんなスピーカー見たことない」は1996年10月1日発行の初版だが、これに掲載されている板取図では件の板(板番号7)は280mmだし、当時FOSTEXが頒布したD-58板材も板7は280mmだった。ただし、側面図では、板7が長さ330mmの板12と同じ寸法になっており、作図担当者(おそらく工作も担当)が板7=330mmと考えていた節がある。
それもあってか、後の版、少なくとも1999年4月20日発行の第5刷では、『板7は330mmと280mmの2種類からどちらかを使用』の注意書きと共に、3枚目の板に330mmの板7が追加されている。 また、1999年4月1日発行の「観音力」53頁に掲載された板取図も同様だ(ただし、こちらには注意書きが無い)。これらの経緯については、音楽之友社に問合せ中(2007/12/28)。
音楽之友社からの回答:初出誌の板取図と側面図および工作で板7の長さが違っていた件については、当時の製作物が残されていないため詳細は不明。330mmの板7が追加された件は、読者からの問合せで重版時に長岡先生に指示を仰いで掲載したとのこと。先生のご存命中は重版の度に訂正の有無を確認していたそうだ。ちなみに何版で追加されたかは当時の重版担当者が退職しており、不明。やはり自分の予測どおり、D-58の板7は設計時にはD-57と同じ280mmで、D-58ESで330mmに変更されたのだろう(2008/03/30)。
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D-58 初出誌の板取図(1996年) |
D-58 初出誌の側面図(1996年) |
D-58 板7追加の板取図(1997年) |
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さて、「超・究極のBH」のAMANOさんが2002年3月21日の瘋癲狼藉帖で、D-58とD-58ESの違いについて『スロートを構成する板(図面で7番)は、D-58では280mmと330mm が用意されているが、ESでは後者のみである。』『なぜ、280mmの板が用意されたのか、これが不思議です。』と記述されていたのを思い出して、自分の推察をメール差し上げたところ、決定的な情報をご返信いただいた。
何とSTEREO誌の『長岡鉄男のスペシャルアドバイス』コーナーで先生ご自身が7番板の顛末について解説されていたとのことで、その記事のコピー(PDFファイル)を送って下さったのだ! 掲載号は失念されたとのことであったが、7番板が2種類になったのは「こんなスピーカー見たことない」の第2刷(1997年6月1日)からだそうで、初版の1996年10月から第2刷発行までの間であることも教えていただいた。大阪府立中央図書館で調べたところ、D-58発表後間もない1996年12月発売の1997年1月号であった。
真相は、先生が板取り図を作成された時のミスだったのである。先生は最初に設計図を方眼紙に緻密に描かれて、それが完成してから実測と計算で板取り寸法を出していかれる。一連のミスの始まりはD-57で、設計時には7番板の長さは330mmであったが、板取り時に280mmの17番板と混同されてしまったらしい。そのため、D-57の時点で既に7番板は側面図と板取図で齟齬が生じている。しかし、先生もSTEREO誌編集者もそれに気が付かなかったため、D-57の工作記事は280mmで出来上がってしまった。
D-58はD-57の幅を拡げたものなので、当初そのミスが引き継がれた。しかし、先生は後でそれに気づかれ、手元のオリジナル板取図を330mmに修正され、工作も330mmで行われたが、「こんなスピーカー見たことない」の出版には間に合わなかったのだそうだ。
では何故、このミスが大きな問題にならなかったのか。『実はあまり影響が無いのです』と先生は解説されている。もともと折り曲げホーンで180度の折曲げは気流抵抗が増えるので、音道は少し狭くなったのと等価で、そのため、広めにとることになっている。図aは折り返し開口が60とか70mmになった場合で、きれいにつながっているように見えるが、実際の動作は図bのようになる。折り返し開口が特に広い場合は図cのようになるが、斜線の部分は音道としては動作せず、つながりはむしろスムーズになる。
どれくらいに拡げればいいかははっきりせず、少しずつ変えていって測定、試聴すればいいが、実現不可能。一応前後の音道より広めにというのが基本(前後の音道が60と70であるから、先生は77mmで設計された)。ホーンの効きをダンプしたい場合は狭くするのもひとつの手だが、D-57・D-58はホーンの効きをフルに生かしたいので広めの方がよく、設計では77mmだが、もう少し広くてもいい。127mmは広すぎる感じもあるが図cの原理からして問題はないはずで、実際にD-57は測定でもヒアリングでも全く問題がなかったと結論付けられている。
(D-58が意外とおとなしかったのは77mmだったからかも、と付記されていて、これは自分も初出誌制作のD-58を発表イベントで聴いて、自分が当時使っていたD-55より穏やかだと感じた。ただ、自分はそれは初出誌のD-58が接着剤のみの釘無し方式で組み立てられたせいだと考えている)
組立てが不可能になるような致命的なミスであれば、これはどうあっても修正が必要だが、7番板に関しては280mmでも330mmでも、もちろんその中間でも構わないわけだ。自分も7番板が280mmのD-58を十年来使って問題は全く感じなかった。
D-58が不幸だったのは、サブロクが標準的な910×1,820mmの場合、最初の板取図の7番板の位置(5番と13番の間)では余りが49mmしか無く、切り代も考慮すると330mmへの変更が絶対不可能で、余白の大きな24番の隣に追記するしかなく、結果として7番板が2種類存在してしまったこと、初出誌の重版の際にスペシャルアドバイスのコメントが併記されなかったこと、そして何よりD-58ESの登場で、空気室の奥行きが浅いD-58は図面集に収録されず表舞台からは消え去ってしまったことだ。
わずか11年前の事実関係が正確に継承されることなく、失われていく――その歯止めになれたのであれば、幸いである(2008/04/12)。
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