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音生命 (おといのち) ♪Let's make Rebirther
<2001/05/03> ←前へ 次へ→
1.オーディオとは 2)理想のオーディオとは
オーディオが物理的には、まず 『音響再生装置』 であるとすると、元になるものは「記録された音響情報」 であり、これを100%忠実に再生することが第一の目的という考え方がある。高忠実度、つまりハイ・フィデリティ、略してハイファイだ。ハイファイの実現には、第一に、元になる音響情報の記録(=再生音源であるソース)それ自体の忠実度、第二に、再生装置の忠実度が問題になる。だが、これらは技術の進歩で、マイクとスピーカーを除いた機器単体の電気信号レベルではほぼ完成の域に達しているように思う。最大の問題は、実は伝送路における信号(=エネルギー)の損失と、スピーカーで音波に変換された後の波形の忠実度だ。

ところで、100%忠実な記録・再生ができたとしても、それを聴いている人間が心地よく感じなければ、趣味としての再生にはならないという考えもある。これはハイファイとは異なる方向であるが、それを間違いだとは言えない。釣った魚をその場でさばいて食べるのも良し、くさやという調理法で味わうのも、また良しである。つまり、各々がベストとする音質は千差万別であることを自覚しなければならない。「良い音」という、たった3文字の意味する内容が、個々人の間で実に大きなばらつきがあり、AさんとB君とではまるで正反対であることも珍しくない。その意味では、今日ではオーディオとは「良い音」ではなく、「自分の好きな音」を求めることだと言った方が良いのかもしれない。

そして「自分の音」を求める以上、最終的な判断は自分自身で下さなければならない。環境や感性の異なる他人(評論家や有名人も他人だ)の意見や評価が、自分にとって最適なアドバイスであるという保証はどこにもない。自らの判断を放棄し、簡単な電気理論の基礎知識も身に付けないで、美辞麗句だらけの雑誌の広告や評論家のちょうちん記事、「使った、変わった、良くなった」と騒いでいるネット上の無思考性短絡型マニアのアジテーション(このページもそうかもしれない)を鵜呑みにして付和雷同していれば、確かに楽ではあるが、その先に待っているのは大抵は高価なアクセサリー類の濫用の強制だ(繰り返すが、このページも……以下略)。
今や、オーディオアクセサリーはその魅惑的な効能文や宣伝文で、ほとんど麻薬にも近いほどの害を及ぼしているので、過渡の使用にはくれぐれも注意して欲しい。


さて、自分の音の好みを知るにはまずいろいろな音や音楽を聞くことが必要だが、オーディオの醍醐味を肌で理解するにはそれだけでは不十分で、できればアクセサリー類(ケーブルやインシュレーター等)やスピーカー、アンプなど、何でもよいからとにかく何かを自作するのがベターだと思う。「釘をまともに打てない者には、この世の理(ことわり)は見えてこない」 という言葉を聞いたことがある。オーディオを追求していくためには理論的な知識も必要だが、汗を流した体験もまた、それと同じくらい重要だ。そうしている内に自分の音の好みや、指針として信頼に足る人物が見えてくるだろう。
そうして、経験を積み重ねながら 「自分の音」 を実現するために、目的に適ったテクニックを駆使して理想のオーディオに近づこう。


ここから先は、私自身のケースだ。必ずしも万人に通用、または共通するものではないだろうが、こういう例もあるということで、多少は参考になるのではないかと思う。私がオーディオにおいて、もっとも重視しているポイントは、いかに元の音源の情報(=エネルギー)を失わずに再生するかという点で、つまり 「低ロス」 がテーマだ。最もシンプルな生録音のソースを再生した時に、録音現場がその場に再現されることをまずは目標にしている。そして、それとは対極の一般的なマルチ録音のソースであっても、レコーディングエンジニアの意図が伝わるくらいのスタジオモニタースピーカーに匹敵する忠実度を目指している。

本来ならここで、実音源と再生音源(ソース)と再生装置の関係を詳しく説明するべきだが、それは故長岡鉄男氏の名著「オーディオA級ライセンス」を参考にして欲しい。私にとっての理想のオーディオは、自身の感動の原体験が、生演奏と勘違いしたほどの生そのものの再生音を聴いた驚きに発しているので、それが目標である。

時は1970年代後半、場所は広島の電気店で開催されたオーディオフェアの会場。5階だったか7階だったか、とにかく上の方の階での催しだったので、エスカレーターで会場に向かっていた中学生の自分の耳にジャズの演奏が聞こえてきた。(今日は、ジャズバンドでも来ているのかな?)そう思いながらお目当ての階に着いた自分を待っていたのはバンドマンではなく、当時シャープが輸入していたガウス社のユニットを使用した大型モニタースピーカーだった!つまり生演奏だとばかり思っていたそれは、スピーカーからの再生音だったのである!

 「……オーディオって、生と勘違いできるほどの音が出せるんだ!」

今思うにそれはおそらくアナログレコードの再生音ではなく、たぶん当時始まったばかりのデジタル録音のマスターテープを用いた生録の再生音だったのだろう。CD全盛の現在でもあれを凌ぐ音にはなかなか出会えないでいる。ほとんどの市販CDを用いてのオーディオ装置の再生音は「生々しい」かもしれないが、「生の音」が持つ「感動」が無い。「生の音」或いはそれに極めて近い再生音には、それを知らなかった人間でさえも 「感動」 を呼び起こさせる何かがあるというのに。
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