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創世*神器 アィデオン |
第一話「出現」その7(全7回) |
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暗い。何も見えない。どこだろう、ここは。狭いわ。動けない。体が重い。ヒゲ一本さえ動かせない。声も出ない。何が起こったんだろう。いつもの道を散歩していたのに。そうよ、捕まったんだわ、二本足に。あたしの他にもいっぱい。でも、子供たちはいない。無事なのかしら。きっと、そう。そうに決まっている。
あの子たちになにかあったら、絶対許さないんだから。あたしは……もう、会えないのだろう。二本足はあたしたちをバラバラにする。心も体も。この体があいつらぐらい、いえ、もっと大きかったら!この爪で引き裂いて、頭といわず手足といわず噛み砕いて、なぶり殺しにしてやるのに!思い出してきたよ、あんた達があたしに何をしたかを。 見た事もない機械だらけの部屋で、首を固められ、上を向かされて、あたしの目に何かが滴れてきた。一滴、二滴、三滴……その度にあたしの目はすこしづつ溶けていく。あれをこそ、生き地獄と言わないで何を地獄と言うのかしらねぇ。 声も出なかった。食事の中の薬でのどをつぶしやがったんだ。フン、そりゃあ聞きたくないだろうさ。七代祟るというあたし達の悲鳴の大合唱なんてね。 そして、液体の安全性とやらを調べるために光りを失ったあたしたちは、お払い箱さ。もう、何の価値もない、まさにゴミ。そのままガス室に直行で、この世とおさらばしちまった……。 |
―――いやだ! 死ねない! 死ねないよ、死ぬわけにはいかないんだ、あたしは! あたしが死んだらあの子たちはどうなるの? あぁ、憎い!二本足が憎い!! 殺してやる、絶対に殺してやる。己の美貌や衣類の清潔さを保つだけの意味のない液体に、あたし達の体と生命を、無駄に粗末に扱いやがってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ、畜生、二本足めェェェェ、ふざけやがって! 思い知らせてやるっ、ぜぇっっっったいに、思い知らせてやるっ。
無意味な死の残酷さを、骨の髄までたっっっっぷりとね。この願いを叶えてくれるんなら、あたしはどうなったっていい。闇だろうが暗黒だろうが構わない、力を貸しておくれ! ……そこにいるのは、誰だい? あたしの望みを叶えてくれるってのかい? 二本足に復讐できるんだね? いいよ、好きにお使いよ、あたしの怨みを。おや、ずいぶんと仲間がたくさんいるんだね、うれしいよ。ただし、条件がひとつだけ。二本足以外の、あたしたちの仲間たちには累が及ばないようにすること。これだけは譲れないよ。 ……約束を守っておくれだね。あんたが誰だかなんて聞きやしないよ。そんなことはどうだっていいのさ。さぁ、ではみんな行くとするかね、怨霊の道を。 そうして、あたし達は黒い粒子になり、物体になった。あぁ、もう、意識が消える……あたしがあたしじゃなくなるよ……さようなら、子供たち、母さんをゆるしておくれ……。 |
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「ごめんね、ごめんね……」
琴真は泣いていた。それ以外に何ができただろう。いまここで彼らの魂を浄化することはできるだろう。しかし、彼らが怨霊と化した原因を人の世から一掃することは、いかに巨神でもかなわぬことだった。それは、今回の悲劇が最後ではなく繰り返されるということである。だから、琴真は悲しかった。それでも怨みの嵐は鎮めなければならない。そのために、いま、自分と巨神はここにいるのだから。 人がどんなに酷いことを為しうる存在であるか、琴真はその身でもってよく知っていた。それでも。希望の光あるかぎり、闇に呑み込まれるわけにはいかない。生命は本来、その内に輝きを秘めているものなのだから。それを、探し、求め、実現することが生きている証なのだから。 琴真は涙を拭った。黒い粒子の怨みの嵐の中で、巨神は全身を呪いに焼かれながらじっと耐えていた。琴真は祈った。 「いいの。もう、いいのよ。天におかえり。ここは、あなたたちがいてはいけないところなのよ……」 その祈りは琴真ひとりのものではなかった。琴真のなかの無数の声無き声の祈りでもあった。 それを受けて巨神の額の紋章が輝く。 (なに!?) 邪悪な意志は驚いた。 (あれだけの数の怨みを浄化するつもりか? 此度の依童は、それほどの力を持っておるのか?) やがて巨神を覆っている黒い粒子に変化が起き始めた。ひとつ、またひとつと、ポゥ、と安らぎの光を浮かべてふんわりと天に上昇していく――浄化である。 (ちぃっ、勝負あったか……此度の依童はあなどれぬようだな。しばらくは力の程を探る必要があるか) 邪悪な意志は、その場を引き上げることにした。 (人間に怨みをもつものなどいくらでもおるからな。せいぜい抵抗するがいい、創世の意志に背く愚か者どもよ……) |
暗闇の空が紫から白へと染められていく。夜明けである。街を包んでいた黒い霧は消え失せ、路上には物体に吸い込まれた人々がそこかしこに倒れている。巨神も長身の少女の姿もない。街並みは前日と変わらぬ佇で、昨夜の物体と巨神の戦闘の痕跡はどこにも残っていなかった。すぐに警察や病院で路上に倒れていた何百人もの被害者に対して調査や診断が行われたが、当日のことを記憶している者はいなかった。
明け方、マキは胸の上に何やら重たいものを感じて目を覚ました。 「ニャア」 「あ〜っ、チャトラン、あんた、いつ帰ってきたのよ! もう、心配したんだから……」 マキは、布団の上で丸まっているチャトランを抱きあげて頬擦りをした――あんたのことはあたしが守ってあげるからね。小猫のぬくもりに、マキは母猫になったような気持ちを感じていた。 街からやや外れた、ある企業の研究所の片隅に小さな供養塔と桜の木が立っている。早朝、それも昨日のような大事件のあとで、周囲には人気がなかった。いや、一束の花を塔に捧げて、長身の少女が祈っている。木野元琴真である。彼女の髪を束ねている赤、緑、青の三色のハートが連なった髪飾りが小さく震えていた。 ここで葬られた生命と、これから葬られる生命を想って琴真はあらためて自分の無力さを感じていた。でも……。 「私は、私でなければできない使命に全力を尽くしていくしかない」 毅然と顔をあげて、琴真は歩き出した。 その後ろ姿を、桜の木だけが優しく見送っていた。 人を滅ぼそうとするものとの戦いは始まったばかりなのだ。 第一話「出現」終了 |
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< Last Update 97/11/03 > |
次回予告 それは飽くなき人の欲望が生みしものか。満足できぬ欲望がすべてを溶かしてゆく。 次回、創世*神器アィデオン第2話 「溶解」 ”現実の結末はあなたのその手で……” |
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