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創世*神器 アィデオン
第一話「出現」その4(全7回)

 沈黙を破った得体のしれない異形の物体は、己がなすべき事を開始した。物体から突き出した2本の結晶体の明滅が烈しくなる。すると、淀んだ空気が意志をもったように蠢き出し、物体を見つめていた人々にまとわりついてきた。
 目に見えない、だが確実に感じられるおぞましい気配から逃れようと誰もが必死にもがく。しかし、無駄だった。気力も体力も急速に萎えて、全身を包む人間への怨念の気に身をまかせるしかなかった。やがて、身動きのとれなくなった人間たちの体は、宙に浮き上がり、物体へと吸い込まれていく。
 建物の中にいた者も例外ではない。壁は何の障壁にもならず、ぶつかったと思った次の瞬間には、宙に浮いて物体に近づいていく自分の姿を発見するのであった。

 そして――街は、沈黙につつまれた。

 突如、連絡の途絶えた街に対して、最初に反応したのは警察だった。街の中の派出所の警官からのSOSに、すぐさま巡回中のパトカーが駆けつけようとしたのだが。
 「駄目です、目的地一帯は真っ黒な壁のような霧に覆われていて近づけません!」
 対策本部にパトカーからの無線が入る。
 「霧? 近づけない? どういうことだ?」
 「とにかく、応援をお願いします。霧に触れた者が中に吸い込まれて、それっきり……」
 「中の状況は分からんのか?」
 「通信経路(電話、無線)に異常はないようですが、応答がないのです。いったい、これは……」
 「……その霧とやらは、膨張しているのか?」
 「いえ、周囲にひろがっていく様子はいまのところありません」
 「とにかく、被害が拡大しないようにそこから監視と、それから付近の住民の避難を直ちにおこなってくれ」
 「わかりました!」
 現場の状況が不明瞭な今の段階で、機動隊の出動を要請するべきだろうか。判断に迷う本部長の脳裏に数年前の悪夢がよみがえった。もし毒ガスだとしたら、現場の警官の手にはとてもおえない。
 「機動隊に出動要請を」
 決断は下された。あの惨劇を繰り返すわけにはいかない。

 再び現場上空に、何機ものヘリが舞う。報道管制が敷かれる前に先手を打って駆けつけたマスコミのヘリたちだ。しかし、霧の中の状況を把握できないという点では、地上と何ら変わりなかった。
 地上では機動隊が照明弾を打ち込んだり、暗視スコープを用いてみたり、さまざまな手段を試していたが、黒い霧は人間たちの必死の努力にもかかわらず、その内部をさらけ出すことを頑なに拒んでいた。
 「誰かがダイブしてみるってのは、どうです?」
 パラシュートを手にヘリの中で提案してきたのは、カメラマンのヤマちゃんである。
 「馬鹿、新種の毒ガスの可能性があるんだぞ、命を粗末にするんじゃない」
 年上のパイロットが、たしなめる。彼は数年前にこの都市で発生した新興宗教の毒ガステロで、愛娘を亡くしていた。娘と歳の近いこの若いカメラマンを、彼は失いたくなかった。
 「……中はどうなっているんでしょうね」
 黒い霧にカメラを向けてシャッターを押しながら、ヤマちゃんはつぶやいた。それは彼のみならず、この場の誰もが抱いている疑問だった。
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木野元琴真
 不気味な静寂が充満した黒い霧の中を、ただ一人駆け抜けていく少女の姿があった。背の高い少女である。その髪は三色の髪留めで結わえられ、の軌跡が薄暗い闇のなかに、かすかな希望の光を放っていた。
 やがて少女は立ち止まった。目指す物体がようやく見えてきたのに、しかし、そこから先に進むことができない。
 少女は静かに目を閉じた。ゆっくりと、深い呼吸を繰り返す――身体から余分な力を抜いて、額に気を集中させた少女は、物体に対抗できるただひとつの存在に、全身全霊で呼びかけた。
(我を因(よすが)として、現出したまえ! さまよえるものの迷いを断ち切りたまえ!)
 少女の体が緑の光りにつつまれた。

 物体は、待っていた。人間への復讐の開始を延ばされたのは不満だったが、自分たちを在らしめる存在の意志であれば、従わぬわけにはいかなかった。
 復讐……その愉悦の瞬間に物体は思いを馳せた。皮を剥ぎ、骨を砕こうか。それとも脳と筋肉に電気を流して、のた打ち回らせてやろうか。待て待て、自由を奪っておいて水も食料も与えずに放ったらかしにしておくのも一興だぞ。時間はたっぷりとある。無意味な死の残酷さを、ぬくぬくと生きている人間どもに骨の髄まで思い知らせてやるがいい!
 この思考が自分自身のものなのか、別の存在のものなのか、もう物体にもわからなかった。だが、思考は物体の中でさらに響く。その瞬間を邪魔するのは、あいつだ、と。そう、今まさに、物体の目前になにかが姿をあらわしつつあった。
15 ▽(その5へ続く)   16
< Last Update 97/11/03 >

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