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創世*神器 アィデオン
第一話「出現」その1(全7回)

父と母と、そして岩男潤子さんに
 
現実の結末はあなたのその手で……

 宇宙には、いったいどれだけの星と生命が息づいているのか。この青い星はいつからどのようにして、その仲間に加わったのか、誰もその答えを知らない。創世の出来事を正確に知る術を、人はまだ手にしていない。
 人が知っているのは、青い星が誕生してからずっと、数えきれないほどの生命の歴史を抱いて、明日に続く今日という日を繰り返してきたということだけだ。しかし、たった今、東洋の片隅に位置している日本と呼ばれる小さな島国で起こる不思議な事件から、昨日までとは違う明日を、人は迎える事になる。

 その島国には、人と都市とがひしめいていた。彼らの朝は、ストレスとの戦いで始まる。通勤電車は殺人的なラッシュだし、道路は大小さまざまな車で埋め尽くされて渋滞している。
 誰もが急き立てられるように足早に歩き、各々の職場や学校に向かっていく。そのほとんどは、空調が効いた屋内で仕事や学業に勤しむのだが、一歩外に出ると、ビルや電柱にとりついたセミたちの甲高い鳴き声が、彼らの神経を逆なでするのだった。

 やがて、都市が発する人工の熱気と刺すような午後の陽射しが巨大な陽炎を生み、街はそれに包まれた。だが、林立するビルの影が揺れているのは、そのためだけなのだろうか。
 否、わずかにではあるが、空間が確かに震えている――何かが始まろうとしているのだ。
 強烈な陽射しがようやく少しは和らぎ始めようとする午後三時、一人の老人が紙袋を持って杖をつきながら、いつものように町中の児童公園にやって来た。
 大人の背丈ほどしかないミニ・ジャングルジムと、数人の幼児で満杯になってしまう小さな砂場、あとは色あせた木製のべンチがひとつあるだけの公園内には、人影がまったくなかった。
 老人はゆっくりとベンチの端に座り、紙袋を開けてしばし待った。そうして、ここに集まってくる鳩や小鳥たちに餌をやること、それが伴侶に先立たれ、子供もいない彼の唯一の楽しみだった。
 しかし、今日はその袋の中身が減ることはなかった。普段なら彼の心をなぐさめてくれるはずのさえずりが、全く聞こえない。
 一瞬、彼は補聴器の故障を疑ったが、近くの道路を時々走っていく車やバイクのエンジン音はちゃんと聞こえている。
「どうしたのかのぅ」
 老人はあたりを見回した。誰も待つ者とていないアパートへは戻る気にもなれず、もしかして、もう少し待っていれば、鳥たちが餌を求めてここへ飛んでくるのではないか。そうして、日が暮れるまで老人はずっと待ち続けたが、彼の願いは叶うことはなかった。

 夕闇が迫る河川敷で、高校生らしいふたりの男女が、愛犬を呼び続けていた。
「べス、べスどこなの?」
「ジョーン、出てこーい」

 これでもう、何度目の呼びかけだろう? だが、それに応える声は無かった。すっかり暗くなるまで探し回ったのに、二匹の犬はどこにも見当たらず、柏原 隆と柳井涼子は互いに顔を見合わせて立ちすくんだ。
(せっかく、柏原先輩といい感じでお話できていたのに……)
 涼子は先ほどここで起きた、奇妙な出来事を思い返した。

 柏原 隆と同じ演劇部に所属している親友の千弥子から、彼が日曜日の夕方にジョンを連れてよく河原を散歩をしていると聞いた涼子は、意を決してべスと一緒に昼過ぎから彼を待っていた。
 首尾良く隆に出会えたものの、学校やTVの話題だけではすぐに会話のネタが尽きてしまい、涼子は先週見た小劇団の舞台のことを話題にした。彼がその劇団に心酔しているというとっておきの情報も、千弥子が教えてくれていたのだ。
 涼子の作戦は成功し、二人は劇団の話に花を咲かせながら楽しく散歩していた。ところが、急に彼らの足元をなにかが、ひどく嫌な昏い感じのする気配がヌルリと、まるで腐った死体が触れたように不快な感触を残してすり抜けていった。
 「いやぁッ!」 涼子は悲鳴を上げて隆にしがみついた。隆も驚いて足下に目をやった。そこに、二人が連れていたはずのペスとジョンの姿はなく、二匹の首輪だけが転がっていた――。
「……いないわ……」
「おかしいなあ、どこへ行ったんだろう」
「先輩、あたしこわい」
「……大丈夫だよ。まさか、神隠しなんてあるわけないし、きっと先に家に帰ってるんだよ」
「そう、よね……ジョンもペスも、縄抜けの特技があったりなんかして、ね?」
 不安を押し殺して、無理に笑いあって二人は家路についたが、やはり家にも愛犬の姿はなかった。
 翌朝になっても、二匹は帰ってこなかった。

 外の暑さから隔絶された冷房が効いている部屋で、茶色のブチの小猫が寝ている。名前はチャトラン。TVで放送していた古い動物映画に出てくる猫から採った名前で、捨て猫だった。
「猫はいいわよねぇ。遊びつかれたら、寝るだけなんだから」
 夕食のあとで、子猫といっしょに小一時間も遊んでいたミドルティーンの少女は、疲れ果ててため息をついた。
 ばねの先にボールがくっ付いただけの単純なオモチャで、よくあれだけ遊べるわよねぇ。や〜れやれ、あたしも、もう寝よっかな。口やかましい兄ちゃんがいないうちに、と。
「お前は、ちゃんと宿題して寝ろよ。兄ちゃんはこれから仕事だけどな」
 ひえ〜、しっかり釘を刺されてしまった。うう、その前にトイレ、トイレ。だいたい冷やしすぎなのよ、この部屋。冷え性は女の大敵って、兄ちゃんわかってんのかな。

「そんなんだから、彼女できないのよ」
「何か、言ったか? さっさと出ろよ、兄ちゃん待ってんだぞ」
「レディーが入ってる前で待つなっ! 馬鹿っ!!」
 ほんっと、デリカシーってもんがゼロなんだから! さてと、部屋の温度もうちょっと上げとかないとチャトランだって風邪ひいちゃうわよね。夏風邪をひくのは馬鹿兄貴だけにしといて欲しいわ。でも丈夫なのが取柄なのよね〜、うちの兄ちゃんは。あっ、あと、猫好きもか。チャトラン拾ってきたのもお兄ちゃんだし……これで良し、と。あれ、チャトランがいない!
「お兄ちゃん、チャトランは?」
「え? そこで寝てるだろ」
「ううん、いないよ」
「そんな、馬鹿な。トイレに行く前にはちゃんといたぞ」
 それからあたしたちは両親も動員して、一家総出で家の中を隅から隅まで探したんだけど……。

 何度探しても、子猫は見つからなかった。
「泣くな! 家中閉め切ってエアコンつけてたんだから、絶対家の中にいる。もう一度よく探してみてくれ、な?」 泣きじゃくる妹がようやく、うなづく。消えた小猫と妹を心配しながら、兄はチャトランの写真をはさんだ免許証を持って、仕事へ出かけた。

 これらの奇妙な動物の消失はその種族を問わず、この都市のあらゆる地域で発生していた。
 犬、猫、小鳥、ハムスターや金魚といった家庭で飼われているものはもちろん、ペットショップからも動物園からも、小学校の飼育小屋、研究施設、大学病院などの、鎖に繋がれたり檻に閉じ込められていた動物たちでさえ、かき消すようにいなくなってしまったのだ。

 夜のTVニュースで、この動物消失事件は小さく報じられた。
「こんな事件、聞いたことがないですよ。徹底的に追いかけるべきです!」
 ニュースを見ていた写真週刊誌の若い記者が、デスクに訴えていた。
「人間の死傷者が出たわけでもないし、原因もわからない、手がかりさえない、非科学的な事件をまともに追いかけてられるか。
 お前ん家の猫が消えたからって、遅刻した上に私情に走るんじゃないよ。それより、歌手のSちゃんトコ、しっかり見張ってこいよ」
 しぶしぶ出かけようとする若い記者の背中に、デスクの上司は(そういえば、あいつ免許証に子猫の写真をはさんでたよな)、と思い出して声をかけた。
「大丈夫、明日になれば帰ってくるって」
 だが、帰ってくるのは、別のモノなのだ。

 そして、翌日。

 人間しかいなくなった街に、それは出現した。
▽(その2へ続く)  
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